COLUMN

2018/12/26

旅と自由とサンタクロースの袋


  


先日初めてミャンマーへひとり旅に行った。
ミャンマーの街角に初めて立った時、昔新聞の投書欄で読んだ記事のことを思い出した。

 

“人は大人になるにつれて自分の出来なかったことを袋に詰めて生きていくのだ。

子供の時分から、人は将来にたくさんの夢や希望を抱きながら大きくなる。高校、大学、社会人と成長するにつれて、『こんなこともやりたいな、あんな人生も良いかも』そんな風に思っていても、その成長の段階に応じて、1つずつ人生を選択して自分の人生を狭めていかなければならない。

科学者になりたかったけど、数学が出来なくて理系に進学が出来なかった、とか、新聞記者になりたかったけど就職試験で受からなかったから諦めた、とか。そんな風に人生は、今までやりたかったけど出来なかったことを一つずつ袋にしまいながら生きていく。

そうして大きくなるにつれて、まるでサンタクロースの袋のように大きな袋を背負いながら生きていかなければならない。歩き続けるためにはその荷物と折り合いながら歩いていく強さがなければならない。”

 

と、そんなことが書いてあった。

 

ミャンマーの街角で感じたことは、ミャンマーの人は一見するとタイや東南アジアの人々のような風貌だった。しかし街角の風景は一見するとインドのような雰囲気が漂っていたことが新鮮だった。香辛料の香り、混沌とした雑踏、けたたましいクラクションから、単なるタイの西側にある場所、以上の何かを感じずにはいられなかった。

 

 

あぁ、こんな場所もあるのか、長い間ひとり旅をしてきたが、そんな風に久しぶりに新しい空気を感じた瞬間だった。旅に出ると時々こんな瞬間に出会うことがある。そういった瞬間に出会うと、フッと気持ちが軽くなる。

なんでこんな気持ちになるのかなぁと思った時に思い出したのが、冒頭のサンタクロースの袋の話なのである。

 

私の人生も思った通り行かないことの方が多い人生だった。その都度、たくさんの自分の思いをサンタクロースの袋の中に詰めてきた。
学生の頃、自分の人生は無限の可能性があると思っていた。

30代を過ごしてきて、いよいよサンタクロースの袋が重くなってきた時に、この先の人生でこの袋をどうしようか考える。いっそのことゴミ捨て場に捨ててしまおうか、とか、もしくはどこかに閉まって忘れてしまおうか、とか。けれど、なかなかそうすることも出来ずに重たい袋を抱えたまま生きてきた。

時々こうやって旅に出ると、この袋が軽くなる瞬間に出会う。どうやって袋を軽くしようかヒントのようなものを得ることもある。日々の生活をいったん忘れて自分の裸の心に触れることが出来るからかもしれない。

 

皆さんも僕のサンタクロースの袋と同じように大きな袋を抱えて生きているかもしれない。そんなものは、昔はあったけど忘れてしまった、という人もいるかもしれない。

けれど、もう一度、自分の人生を振り返って、自分のサンタクロースの袋を思い出して欲しい。

残りの人生でこの袋の中身を取り出していけるのか。はたまた少しずつ軽くしていけるのか。もしくはそんなものは無かったと思って、生きていくのか。人生の終わりの時期を迎える頃、自分の人生を振り返って、このサンタクロースの袋のことが絶対に思い出されるはずだ。忘れてしまった人は寂しい気持ちを、どこかに追いやってしまった人は後悔を感じるかもしれない。

 

StarryFutureの記事で取り上げた人たちは、このサンタクロースの袋をたくさん背負い込んで大人になった人たちだ。ある時点から、どんどん軽くなるように生きていくことが出来た人たちでもある。

皆さんも、もしたくさん背負い込んだ袋があるのなら、それを忘れてしまうことも、軽くなるように生きていくことも出来る。StarryFutureの記事を読んで、自分の人生を振り返るきっかけになってもらえば幸いである。

まだまだこれから、残された人生の中で、記事で取り上げた人たちのように、このサンタクロースの袋を軽くしていくような生き方も出来る。生き方はみんなそれぞれ自由なのだから。

 

40歳のサンタクロースより