INTERVIEW
2019/10/30
NPO 法人 NPO サポートセンターN 女プロジェクト/ALT 代表
杉原志保さん
みなさんは「N女」という言葉を聞いたことがありますか?
N女とは、NPO(非営利組織)から営利企業まで社会貢献分野で働く女性たちの総称。
私がこの言葉を初めて聞いたのは2年程前でした。それから何人かのN女とお会いする中で、彼女たちの働き方や生き方に関心を抱くようになり、「N女」という言葉の発案者であり、ご自身もN女である杉原志保さんに今回お話を聴きに伺いました。
仕事の関係で家を開けることが多かった父親と専業主婦の母親のもとで育った杉原さん。
『母がしていた子育ては今でいう密室育児だったと思います。色々な思いがあったのでしょう。時に父と言い争いをしていました。今でこそ男女の役割分業に基づく固定概念が元でぶつかり合っていたんだとわかりますが、幼い頃の私は“なんなんだこの二人は”とクールに眺めていました。どうして歩み寄れないのかな、何をわかってほしいんだろうと(笑)』
また、小さい頃からスカートを履くことに嫌悪感を抱いていたという杉原さん。小学校では、これが自分のスタイル・個性だと思ってショートカットに半ズボンで過ごしていたところ、周りからは「男」「男女」と言われ、第二次性徴期を迎えたことで訪れた初潮や胸の膨らみなど、自分の身体が変化していくことが受け入れられずにいたそうです。
『いつだって私は「私」で性別なんてどうでもよいのに、身体の変化は否応なく「女性であること」を自覚させようとし、自分が女なのか、男なのか分からなくなり性が揺らいだことがありました。』
こうした経験は、幼い頃だけでなく大人になってからも事あるごとにあり、ジェンダーを学ぶ道へと導きます。そして大学院在学中に自治体のジェンダー政策に関する調査や計画づくりに携わったことがきっかけとなり川崎市役所に入庁。
川崎市役所で専門調査員として働く中、年配の女性たちが運営する DV シェルターの NPO と出会います。その中で、交渉力や運営能力が十分でないため予算を得られず資金難・経営難に陥ってしまう状況を目の当たりにしました。DV 被害者を救済する彼女たちの活動を支援したいと認識しつつも、財政が厳しくなる中で十分な予算を割り当てられない役所側。そんな現実に直面したことで、NPO の経営や資金調達に興味をもつようになった杉原さん。
その後、助成金をNPOに出しているかわさき市民活動センターへ転職。助成金担当として約 5 年間あらゆる領域の人たちと関わる中で、NPO が抱えるさまざまな課題に直面すると同時に、ジェンダーの問題もあらゆる領域に存在するということを体感。ジェンダーの問題とも向き合いながら、NPO をサポートする道へと進むことになります。
その後、民間の NPO サポートセンターに勤務し、NPO・企業・行政が協働で社会課題解決を図るための事業づくりに携わることになった中で、ある企業の依頼がきっかけとなり非営利組織で働く女性の購買行動を調べることになりました。そこで NPO で働く女性約 20 人にアンケートをしたところ、彼女たちに共通する特徴が見えてきて、盛り上がる議論の中で突如飛び出してきた言葉が「N 女」でした。
その調査自体は公表されることがありませんでしたが、「何かに生かしたい」と思った杉原さんはその後も調査を続けたところ、長時間労働や賃金の低さなどやりがいだけでは続けるのが難しい現実、仕事と家庭の両立やパートナーなどの協力や理解への悩み、男性の中で働くことの難しさ、相談相手やメンターの不在によるキャリアや将来への不安など N 女が抱える課題も見えてきました。
『そこで 2014 年に立ち上がったのが“N 女プロジェクト”です。女性の経済的・精神的自立をめざし、営利・非営利、活動分野を問わずジェンダー問題を“事業”で解決することを目的に活動がスタートしました。ソーシャルセクターで働く女性のキャリアデザインに関するイベントや女性の経済的自立を支える仕組みをつくったりしながら、時間をかけて少しずつ活動の場を広げています。』
*ソーシャルセクターとは、NPO や NGO、社会的起業など、営利・非営利を問わず社会課題の解決に取組む事業展開するセクターのこと。
(写真)N女プロジェクトのイベントやミーティングの様子
その後、N 女プロジェクトから派生し、女性たちの抱える「生きづらさ」などの精神的な部分により焦点を当て、女性に関する新たな課題解決にチャレンジしていきたい女性たちで 2018 年に任意団体の ALT(オルト)を設立。ジェンダーという既成概念を壊し、当たり前を見直して、自分らしい生き方・働き方を目指すためのプロジェクトなども行っている杉原さん。
(写真)ALTのメンバーと
本来、仕事を通じて創りたい社会を創る、事業を通じて課題を解決する、より良いものを提供するというのは会社も同じはず。だけどそうなっていないと感じたり、解決する社会課題がなくても仕事はできてしまう現状があります。そんな中、大組織にいると自分の仕事が社会の役に立っているのかがわからないといった思いを抱き、ソーシャルセクターに就職・転職を希望する女性が近年増えつつあるそうです。
そこで杉原さんに NPO で働くことや仕事観についてお聞きしてみました。
『個人的なことは社会的なこと政治的なことである、という考えがあって、自分たちの課題、世の中っておかしいよねと思うことを、自分にできる範囲でより良くしていけたらいいなと思っています。N 女のみんなはワクワクしながら未来やあったらいいなということを思い描いて形にしようとしている。それが不特定多数に共通するような課題感になった時に公共性を帯びる。そういう事業をつくることで、自分だけでなく人の生活もより良くなったら最高に Happy だし、手応えを感じます。』
『仕事は、自分が生きる社会の中で果たす役割、自分で自分を認められる足場を創るものなのかなと。会社においてもそれがわからなくなるからモヤモヤするのだと思います。曖昧なこの世の中でも、かろうじて自分にできるとしたらこれかなという役目を見つけ出せる。そうして自分の庭=居場所を自分で耕し創っていくことで、確かな自信も生まれる。』
お話しを聞いて、杉原さんは自分にとても正直に生きているなと感じました。
発端はこれまでの人生で自分が抱えた課題かもしれないし、時にはこみいった性格だと言われるかもしれない。けれど、決して自分のため、とか誰かのためといったものではなく、ごくごく自然に楽しみながら、仕事を通して自分も社会もデザインしていくことでより良い世界を実現していく。NPO であれ会社であれ、仕事とはそういうものなのかもしれない。
N 女についてもっと知りたい!という方には、杉原さんも取材を受けられたこちらの本がオススメです。
BOOK人生に影響を与えた本
中央大学大学院在学中から、自治体のジェンダー政策に関する調査や計画づくりに携わる。それがきっかけとなり川崎市役所に入庁。女性たちが運営する DVシェルターの経験難に直面し、NPO サポートの道へ。資金支援や組織運営の強化に携わり、300 近い NPO の設立や事業展開をサポートする。現在は、フリーランスをしながら、NPO法人NPO サポートセンターに勤め、NPO・企業・行政が協働で社会課題解決を図るための政策づくりをサポートしている。2014 年に N 女プロジェクト、2018 年に ALT(オルト)を立ち上げ、社会貢献分野で働く女性たちが分野を越えて協働し、ジェンダー課題を解決する取り組みを進める。中央大学法学部兼任講師。